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That's it.

それでおしまい.

おかえり拡大家族

「おかえり」と言われれば「ただいま」と返す。当然のやり取りだ。

でも最近この極めてノーマルなコール&レスポンスに悩んでいる。

現在の住居に引っ越してきて3年が経とうとしている。

時間の流れに比例してご近所の方々との仲も深まった。田舎ならではの温かい人間関係。

しかしその関係性が悩みの引き金になったのだ。

職場を出て自転車で自宅を目指す。家が近づいてくる。そこでご近所さんに遭遇する。

僕は「こんばんはー」と明るく挨拶する。

その時ご近所さんが「おかえりー」と返してくる時がある。

どうすればいいのだ。このご近所さんからの「おかえりー」に対してはどう返すのが正解なのだ。

「ただいま」だろうか?

距離が近すぎやしませんかね、それは。そのままご近所さんの家に身内のような顔して帰宅するような勢いを感じてしまう。

だとすればもう少し距離感を出してみよう。

「ただいまです」

乱れてますね日本語が。きっとそんな言葉づかいをしようものなら「最近の若い子は正しい日本語も使えないのね」と訝しがられ、村八分を食らうに違いない。恐ろしや。

ではその乱れを修正してみよう。

「ただいまかえり候」

隠しきれない「僕の前世は武士なんですよ」感。言葉の乱れは修正できたかもしれないけれども、今度は「あの子ちょっと頭がオカシイのかしら」と訝しがられ、速やかに村八分を食らうに違いない。あな恐ろしや。

八方ふさがりの感があるが、発想を転換してみよう。

何も日本語にこだわる必要はない。英語で返せばいいのだ。

「本当は感謝の気持ちを込めて『ありがとう』と言いたいのだけれど、気恥ずかしいから『サンキュー』と言ってしまう」というアレだ。

僕「こんばんわー」

ご近所さん「おかえりー」

僕「I'm home !」

高すぎる。テンションが。確かにテンポはいいのだが、テンションに依存しすぎている。

このままでは「あの子やけにテンションが高いわね。クスリでもやってるのかしら」と訝しがられ、一瞬で村八分を食らうに違いない。oh my god !

じゃあなんて言えばいい!なんて言えばいいの!

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苦心惨憺した挙句、僕はある解答にたどり着いた。

「おかえりー」と言われたら躊躇なく「ただいまー」と返せるような関係を構築すればいいのだ。それも地域全体で。

核家族化、個人の原子化が叫ばれて久しい。マンションに暮らしていれば隣に誰が住んでいるのか知らないという状況がもはや当たり前になっている。

それに伴って「相互扶助」とか「支え合い」といったタームを用いて「地域」が語られることも少なくなった。

「地域」は今、共同体としての機能を失っている。

それが「おかえりー」に対して「ただいまー」と返せない原因なのではないか。

だから「近所づきあいなんてメンドクサイから俺のことは放っておいてくれ」なんて言ってないで、いま住んでいる地域の世帯が一様に疑似的な「家族」であるような関係性を構築すればいいのだ。

それは共同体としての機能を地域に復活させることを意味する。

シェアハウスとかカーシェアリングとかに注目が集まるのは、今の時代に生きる人が心の奥底では他人と「共同」することを求めているからではないだろうか。

具体的な手段について何も書いていない状態でそんなことを言うのもおかしいが、そのような「共同的な地域」はものすごく住みやすいと思う。

他人を排斥するのではなく、他人に頼り他人に頼られる関係性の中で過ごすこと。

地域全体がまるで1つの「拡大家族」であるような生活。

それが今求められている「くらし」の姿なのかもしれない。

 

「おかえり」「ただいま」に関する話がこのような結論に着地したことにワタクシが一番驚いております。